たくろぐ!

仕事はエンジニア、心はアーティスト

Taku Kunitaとは

takkusoです。

ここでは私が30歳になるまでにgoogleに入社する目標を達成するためのアウトプットします。

Thanks for visiting my webpage, I'm takkuso.

I'll work at google until I'm 30.(Now I'm 26 years old)

In my webpage, I'll output my thinkings about how to work at google, what to do at google and why google.

Please enjoy!!

 

目的

30歳になるまでにgoogleに入社する

なぜgoogleなのか

自分を技術革新するため(self-automate-updating)

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hint

第3の波(The Third Wave by アルビン・トフラー:1980)

技術革新の歴史、共通点は革命=技術革新

-農業革命(第1の波

-産業革命第2の波

-情報革命第3の波

--自己革命第4の波←New

 

googleのゴール(What is the google's goal?)

ITによって人間が邪悪にならない世界を創る

Information Technology makes human-beings not evil.

 

googleに求められるスキルで自分が提供できそうなもの

「技術者と経営者をつなぐくさび(Wedge)」

そのとき実現しうる限りの技術に裏付けされた意思決定を推進する

 プロダクト マネジメント職

プロダクト マネジメント - Google 人材募集

 

マイルストーン

27歳

アウトプット環境を創る(Output-Efficient-Environment)

-音声でブログを書く

-反復作業を自動化する

-食を科学する

-睡眠を管理する

-英語を読む話す

etc

 

28歳

webサービスを創る

-ファッションサービス

日本の繊維工場の技術力、アニメーターのイラスト、クールジャパン(Harajuku kawaii galaxxxxxy)の3つをつなぎ、ユーザーがオーダーメイドで服を作れるサービス

外製化する工場で国内空洞化を止める

手先が細かい日本人の縫製技術を生かす

世界で認められる日本人イラストレーター・クリエーターを排出する

日本人独特の感性、Harajuku-Styleをアピールする

ユーザー(買い手)、ファクトリー(作り手)、イラストレーター(ライセンス販売)の三方善

 

29歳

未来予測を立てる

ロボットによって必要な情報が必要な量、必要なタイミングで瞬時に得られる社会が実現(イベントドリブン)

近未来ビッグデータやIoT/M2Mによって人間の行動の因果関係が解明

情報の覇権闘争

"大きい"からビッグデータ、将来的に世界中の情報が一元管理されるはず

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IoT/M2M分野の標準化団体

Industrial Internet Consortium(IIC)・・・AT&TシスコシステムズCisco Systems)、ジェネラルエレクトリック(General Electric)、IBMインテルIntel

 

Allseen Alliance(ASA)・・・ハイアール、LGエレクトリクス、クアルコムなど

 

Open Interconnect Consortium(OIC)・・・Intel、Atmel、BroadcomDell、サムソン(Samsung Electronics)、Wind River

 

Thread Group(TG)・・・ARM、Bog Ass Fans、Freescale、Silicon Laboratories、Yale Security、Nest(google傘下)

 

IP500 Alliance・・・ボッシュBOSCH)、シーメンスSiemens)、Assa Abloy、Honeywell

 

日本では

Device Web-API Consortium

 

⇒最終的に情報は公共財化され、価値がなくなる

プロトコルアルゴリズム、分散処理を制する企業や団体が事実上のヘゲモニーを握る

超国家的な組織?

それからどうなる?←今ココ

 

30歳

未来を創る

How are we human evil and not evil?(どうやって人は邪悪になり、邪悪にならない?)

情報革命によって人の生活はどう変わるのか

善い人が増え、平和で幸せな世界になるのか

 

 

 

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改めてTaku Kunitaと言います。  

  

はじめは日々の備忘録のつもりで書いたブログだけど、最近はブログを書くことが3年やってみてようやく当たり前のようになっている自分に気が付いている。  

  

そもそもはGoogleにはいりてーなーと思って始めたのかもしれないが、いまの気持ちとは大きく変わっている。  

  

別に形がどうであれ、自分が納得した人生を歩んでいくこと。

 

自分の好きなことを人に伝えていくこと。

 

日々笑って過ごしていること。

 

こんな気持ちを胸にこれからもブロガーとしてトレンドに敏感で、エンジニアとして技術に貪欲になっていきたい。

  

そして自分の世界を世の中に価値として提供できるアーティストであり続けたい。  

  

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簡単なプロフィール  

1988年11月5日、母の実家のある福島県産婦人科で國田家の長男として生まれる。  

1990年代前半、保育園での呼び名は虫博士。  

買ってもらった虫の図鑑を熟読して本に書いてあればどんな虫でも名前を言えた。  

塗り絵や絵を書くことが好きで没頭して書いていた。  

年中くらいにおしっこを我慢できず保育園の2階からおしっこを下の子にぶっかけて先生にこっぴどく叱られる。  

1990年代後半、小学生になりこども百科事典を買ってもらい暇さえあれば読みふける。  

小学4年で地元のサッカークラブに入る。  

めきめき上達したが友達にちょっかいを出したり、喧嘩をしたり衝動的な行動が目立つ。  

図書委員会で委員長なのに集まりに出るのを忘れて怒られたり抜けていることが多かった。  

毎日何かしら忘れ物をし、自分の説教で毎日1時間目が潰れていた。  

勉強しなくてもむちゃくちゃできた。  

中学に入り、先輩をいじめて中学入学後初呼び出し。  

サッカーは1年のときにトップ下でレギュラー。  

勉強は学年20番目以内くらいで調子に乗っていた。  

足も早くなってリレー選手になったり、身長が伸びてモテ始める。 
当時、中学3年の先輩が好きで、勝手に相思相愛だと思っていた。  

(大学2年くらいまで遊んだりしたが、最終的に好きじゃなくなってフェードアウトした。)  

母親以外に初めてバレンタインのチョコをもらってそわそわする(あまり嬉しくなかった)。  

親にホワイトデーに返しに行けと怒られてすごく嫌な気持ちになった(なんで勝手に渡されたのに返す必要があるのかって思ってた)。  

2年の合宿のときに怪我をしてそれ以降今までできていたことができなくなったことへの喪失感によりサッカー選手の夢を諦める(本気で意識していた)。  

3年で塾に入り、今までの学校の問題はなんだったんだってくらい難しい問題が出ることに幸せを感じていた。  

勉強が楽しくて仕方なかった。  

塾に行く間のチャリ通もたのしかった。  

卒業式で後輩の女の子10人くらいに握手を求められた。嬉しかった。  

卒業することでみんなと会えなくなるのが寂しくて泣いてしまったのが同級生に10年以上も語り継がれるエピソードとなった。  

第一志望校に推薦入試で合格し、私立組と一緒に冬休み全てをプロレスゲームに費やし頭がパーになった。  

高校に入学し、サッカー部に入ったが自分の理想とするプレイができないことへの喪失感を常に抱きながら続けていた。  

勉強もできなくなった。  

トランスにハマった(パラパラみたいなやつ)。  

初彼女を作ったが、成り行き任せで行動して振り回してしまい大切にしてあげられなかった。  

その次の彼女は大好きだったが、感情を素直に伝えられなかった。  

自分が彼女が大好きというのが恥ずかしくて友達には全然可愛くないと言っていた。  

当時の自分を呪いたい。  

そろそろコミュ障だと気づけ(まだ気づかない)。  

3年の高校生最後の総体に行かなかった(サボった)。  

法政に合格した。  

早稲田は落ちた。  

大学でサークルに入らなかった。  

2年のときに見かねた友達が誘ってくれて国際交流サークルに入った。  

地元の友達にCDを借りまくって洋楽(60's〜2000'sのUK・USロック中心)を極めた。  

ドイツ留学を経験した。  

ホストファミリーの子供達が可愛かった。  

暇だったので資格勉強を始めた。 

TOEICがはじめて3回目くらいで800超えた。  

割と満足して飽きてやめた。  

ドイツ語検定もとった。  

地元の友達とフットサルチームを作った。  

池袋で一人暮らしを初めてから授業の日以外は基本家でアニメを見てた。  

つけ麺にハマってほぼ毎日食べてた。  

社会人になり、事務機屋さんに勤務した。  

2年半で逃げるように退職。  

個人事業主でなんやかんや頑張った。  

エンジニアになった。  

学ばないといけないことが多くて嫌になったがダラダラ諦めずに続けた。  

友達が作った会社で頑張ってるなう。