はじめに
以前からずっと気になっていた本を読んだので感想を書きます。
かなり昔の話になるのですが、中高生くらいに以下の本を読んで脳の仕組みがとてもおもしろく、
脳科学に興味を持ったのがきっかけでした。
と思ったら2017年に買っていたので思い違いでした。
どうした、私の脳みそ。
それから以下の本を読んだり(あまり印象に残っていないけど)、
ホルモンや神経伝達物質の本を読んだり、脳を中心とした人体にも興味を広げていました。
そして最近、認知バイアスの本を読んでふと著者のことを調べてみたら、
ずっと読みたいと思っていた「教養としての認知科学」の本の著者だということを知り、買って読んでみることにしました。
ちなみに認知バイアスの本はファクトフルネスで人間の思考の癖を知ってから興味が出て読んでみたのですが、
こちらもかなりおもしろかったです。
講談社BLUE BACKS(ブルーバックス)は理系の本が充実していて、
本当におもしろい本ばかりです。
数学の学びなおしや、宇宙から見たちっぽけな自分を俯瞰するなど、目的はどうあれ、
知的好奇心を満たすにはうってつけなのでぜひ手に取って読んでみてください。
だいぶ脱線しましたが、この本は学術的(東京大学出版会だから?)なのか、言い回しがかなり難解だと感じました。
認知バイアスの著者がその本の前に書いた本とあって内容に類似(というかそのまま)があるので、
私がそうしたように、認知バイアスを読んでからこちらを復習として読んでみると理解がはかどると思います。
目次
第1章 認知的に人を見る
第2章 認知科学のフレームワーク
- 表彰と計算という考え方
- さまざまな表象
- 知識の表象のしかた
- 認知プロセスにおける表象の役割
第3章 記憶のベーシックス
- 記憶の流れ
- 記憶と意図
- 一瞬だけの記憶 - 感覚記憶
- 人間の記憶はRAMか - 感覚記憶とチャンク
- ワーキングメモリ - 保持と処理のための記憶
- 知識のありか - 長期記憶
- 情報を加工する - 短期記憶から長期記憶へ
- 思い出しやすさ - 符号化特性原理
- 思い出していないのに思い出す - 洗剤記憶とプライミング
- まとめ
第4章 生み出す知性 - 表象とその生成
- はかない知覚表象
- 言葉と表象
- 作り出される記憶
- 記憶の書き換え
- 仮想的な知識 - アナロジー
- まとめ - 表象とは何なのか
第5章 思考のベーシックス
- 新たな情報を生み出す - 推論
- 目標を達成する - 問題解決
- 選ぶ - 意思決定
- 人間の思考のクセ
- まとめ
第6章 ゆらぎつつ進化する思考
- 四枚カード問題、アゲイン
- データに基づき考える
- 思考の発達におけるゆらぎ
- ひらめきはいつ訪れるのか
- まとめ - 多様なリソースのゆらぎと思考の変化
第7章 知性の姿のこれから
- 表象の生成性
- 身体化されたプロセスとしての表象
- 世界への表象の投射
- 思考のゆらぎと冗長性
- 世界というリソース
- おわりに
表象とは何か(※自分メモです)
英語で言う、representationのことで、本来の意味としては「代理」という意味です。
本書ではもともとの事柄を別の事柄で表現する、と書いてあります。
例えば目の前にマグカップがあるとして(このマグカップの比喩はカーネマンの保有効果の話かも?)、
これが実在することを認識するのは脳内でそれ(=マグカップ)を表現することである、と言えます。
頭の中のイメージと考えるといいかもしれません。
仮にマグカップが縦半分に割れていて、手前しか見えず裏側が見えなくても、
今までのマグカップを見たり、触ったり、使った経験などから
脳内の表象としてのマグカップは一般的な、普通の形状で具体的に表現されています。
半分に割れてなくとも、視界に入らない部分に傷があったり、欠けがあっても、です。
(理解しやすいように極論的な表現を使って説明しているので厳密ではないかもしれません。)
このイメージとして私たちが持っているマグカップはより詳細に分類するなら内的表象と言います。
この内的表象にはさらに2つに分類できます。
- 一時的
- 永続的
永続的表象はさらに3つに分類されます。
- エピソード
- 概念
- 手続き
ここでは説明を省略させていただきます。
興味があれば本書を手に取って実際に読んでいただければと思います。
内的表象に対する、外的表象というものもありますが、こちらも省略いたします。
さて、この表象、もっと言うと人間の脳内における内的表象というのはとてもはかないものであると著者は言っています。
そこではゆっくり背景が変化していく動画の変化を認知できない、チェンジ・ブラインドネスという実験や、
何度も見たことがあるものなのにその絵を描かせるとディテール(詳細)を表現できないことを証明する実験(馬を描かせていた)、
実際に経験したこともないのに自身の記憶の中に捏造してしまう実験(トラウマを詳しくヒアリングする)、
無意識的に上書きされてしまう記憶の実験(ラットに恐怖体験を与える実験)などで証明しています。
感想
認知科学は人間の持つ知性を細分化、定義するような学問なのだと感じました。
人間が持つ知性を紐解くにあたり、いろいろな実験を通して、それがとてもあいまいで、
だまされやすいものであるということがわかりました。
冒頭でも書きましたが、ファクトフルネスという本では人間の持つ思考のクセとして、
10個の本能を挙げています。
私たちはこれらの思考のクセを認知して、物事に絶対はない、ということを
胸に留めて生きて行くことが大切なのではないかと改めて実感しました。
私たちは物事を正確に知ることもできないし、正確に知ることが正しいとも言い切れないからです。
そう考えると常識や当たり前といいのも価値はないのかもしれませんね。
物事に絶対はないからこそ、自分以外の人に対して愛や真心をもって、
向き合っていくのが重要なのではないかと思いました。
知覚、記憶、認知、思考。
人間が持つこれらの知性はとてもうつろいやすく、とてももろいです。
AIに人間を超える知性を持たせることを目的とするなら、
まずは人間の知性を定義することから始める必要がある気がします。
将棋の羽生棋士は実際に打った棋譜であればものの数秒見るだけで再現してしまうと言いますが、
まったくでたらめに置かれた駒は再現できないと言います。
コンピュータも限られた状況下では人間を超える能力を発揮しますが、
それが人間よりも優れているということを証明することにはならないと考えます。
マトリックスやアイ・ロボットのようなAIが人間を支配するディストピアは果たして本当に来るのでしょうか。
恐怖や脅迫観念という感情がこのような物語を作る原動力だとしたら、それこそが人間の知性なのかもしれませんね。